歴史を変えるのではなく動かす匠の技術

児林
政幸

MASAYUKI KOBAYASHI

育まれてきた長い歴史に“CADシステム”という新しい技術を取り入れる。
手仕事の伝統と最新技術の融合により、これまでとは全く違う“ものづくり”の世界を実現していく。

MIKIMOTOの結婚指輪

前職ではCADを使ったカメラのデザインモックを作る仕事に携わっていたこともあり、CADシステム導入のタイミングで声をかけて頂きました。私たち夫婦の結婚指輪がMIKIMOTOだったことにご縁を感じ、また、立ち上げ事業を任せてもらえるということで入社を決意しました。しかしながらジュエリーの世界は全くの無知。制作に必要とされる表現や要素、生産工程への配慮等、最初は本当にわからない事ばかりでした。
工業製品には寸法があり図面があります。しかし当時はデザイナーが描いたデザイン画が一枚のみ、正面から描いたものしかありませんでした。そのなかで、絵の着色や光の入り方から立体を読み取り形にしていく、すなわち二次元から三次元の立体に起こしていくことがとても難しく、非常に苦労したことを今でも思い出します。
前職と同じCADシステムを使っていても、カメラとジュエリーでは扱い方が全く異なりました。ジュエリーは小さな世界にたくさんの要素が詰まっているので、華やかな立体を形づくるだけでなく、装着感や柔らかさ、女性らしさといった部分を上手く表現することが困難でした。

新しい“ものづくり”の形 ~ CADは道具のひとつ

CADシステムの導入は、当初は原型を作るという趣旨から使い始めましたが、最近ではCADで作った立体を樹脂モデルとして出力する光造形機の性能が格段に良くなり、その後の工程に直結する流れができたことで、幅広く活用されていきました。
CADを使うメリットとしては、例えばイヤリングなど左右対称のものは片側設計で反転させることができる、また、微妙なサイズ違いも拡大・縮小が即時に可能なので多角的に展開していくといった能力に優れており、これらの特性を活かしながら効果的に利用できる点にあります。しかし、CADは画面の中で設計しているので、実際の手仕事とは違い感覚がブレやすいといった側面もあり、よってスキルとともに多くの経験値が必要となります。試行錯誤を繰り返しながら何度も失敗を重ねていく中で、私たちはCAD設計や制作におけるあらゆる経験を蓄積していきました。

CADによる利点を実生産に落とし込むまでには本当に苦難の連続でしたが、導入から20年近くが経過した今、私たちにとってCADは、ジュエリーを創るひとつの手段であり、大切な道具の一部となりました。
手仕事による“ものづくり”といったこだわりや伝統は変わることはありませんが、鋳造の技術やレーザー溶接機など、時代に合わせて様々な生産設備を整えてきたように、CADシステムも必要不可欠な生産手段として定着していきました。今では多くの部署で利用され、工場部門として大幅な生産性の向上が図られています。

形にこだわるからこその進化

2010年にはマシニングセンタ(切削加工機)を、更には2016年にも最新式の同機械を導入しました。これはCADで設計したデータを使い、貴金属を直接機械で削り出していくものです。今後は切削加工の技術を応用して、ジュエリー制作の幅を広げていきたいと考えています。切削加工機を使うことにより、キャストによる鋳造では表現することが難しかったシャープな形状を作り出すことができ、また、削る材料が硬いものにも対応できるため、薄肉のデザインでも強度が保てるようになりました。新しい加工機器を使用することで、これまでのジュエリー制作にはなかった新しい造形の表現が生まれていきますので、これからも積極的に展開していきたいです。

このように充実した設備環境が整っていることも、当社の魅力の一つだと感じています。CAD関連や切削加工機などの設備については、宝飾業界でも規模的に当社ほど充実していることは少ないかと思います。それゆえにモノづくりの好きな人達が集まっていて、価格以上の付加価値をいかに生み出すかという意識が非常に高く、常に周りから刺激を受けています。
ミキモト装身具で育まれてきた伝統に“新たな技術”を取り入れることによって、これまでとは全く違う“ものづくり”の世界が広がりました。より洗練されたミキ
モトブランドの一翼を担えていることを誇りに思います。

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